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時代を超えて問いかける『白い巨塔』:描かれた医療と権力、そして倫理の原点

ドラマ

山崎豊子の長編小説『白い巨塔』は、1963年の連載開始以来、幾度も映像化されてきた不朽の名作です。この作品は、単なる医療ドラマの枠を超え、医学界の権力闘争、医局制度の腐敗、そして医師としての倫理観という普遍的なテーマを鋭く描き出しました。

特に主人公の外科医・財前五郎と、対照的な内科医・里見脩二の生き様を通して描かれる人間の業と社会の闇は、現代に生きる私たちにも深い問いを投げかけ続けています。本作が、現代の医療ドラマの原点とされる理由を、その核となる社会問題と医療倫理の描写から考察していきます。

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野心と良心:対照的な二人の医師が象徴するもの

物語の中心となるのは、卓越した技術を持つ野心家の外科医・財前五郎と、患者第一で誠実な内科医・里見脩二の対立と葛藤です。財前は胃がん手術のスペシャリストとして名を馳せ、そのスピードと技術は世界レベルで知られています(原作小説)。

彼は教授の座を狙い、金と権力を使って地位を掴もうとします。一方、里見は、医は仁術であるという信念に基づき、患者の苦しみに献身的に寄り添う人物として描かれています。

この二人は、生き方や考え方が全く違うものの、高い技術力を持ち、上司の意見を聞き入れない頑固さも共通しています。そして、最終的には「多くの患者を救いたい」「医療をより良くしたい」という利他的な未来のビジョンを抱いていたという解釈もあります。

しかし、財前がその理想を実現する手段を「医療界で偉くなること」に見出したのに対し、里見はあくまで「現場の医師として自分の足で歩くこと」を目指したため、アプローチが決定的に異なりました。

彼らの対立は、医療に対する異なる価値観を象徴し、読者や視聴者に、医師としての生き方や正義とは何かを問いかけました。唐沢寿明さん主演の2003年版ドラマの放送後には、視聴者や病院内で「財前派」と「里見派」という呼称が生まれるほど、二人のキャラクターへの共感や議論を呼びました。

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封建的な医局制度と権力闘争の構図

『白い巨塔』という象徴的なタイトルは、外見は学究的で進歩的に見えながら、その厚い強固な壁の内側は「封建的な人間関係」と「特殊な組織」で築かれた、微動だにしない非情な世界を指すとされています。小説の舞台は、大阪大学をモデルにした浪速大学医学部の第一外科です。

この作品では、医学部教授の権威を背景とした大学内部の序列化が詳細に描かれています。この医局講座制は、元来ドイツから導入された「学閥医学(学閥医学)」に淵源を発すると考えられており、教授が医師の供給源を一手に握り、その人事権を通して日本の医療界を牛耳る「帝国」の内幕をリアルに描き出しました。

財前は教授選で勝利するため、産婦人科医院を開業する義父の財力と人脈を背景に、賄賂や裏工作、権謀術数を駆使します。教授選は、派閥間の駆け引きや札束が乱れ飛ぶ熾烈な選挙戦として克明に描写されました。教授に就任し栄光の絶頂を味わった財前を待っていたのは、患者の死をめぐる医療訴訟でした。

この権力争いと医療事故の連鎖は、金や権力、保身のために信義を捨てる人間の欲望や社会の闇を浮き彫りにする普遍的なテーマとなっています。

医療事故と訴訟に浮上した「説明義務」の課題

財前が患者の遺族から訴訟を起こされた背景には、単なる医療ミスだけでなく、患者やその家族からの不信感が深く関わっていました。

財前は、胃がん手術の患者・佐々木庸平を担当しましたが、術前の検査を怠り、術後に容態が急変した際も、自身の海外出張を優先したため、適切な処置が遅れ、患者は死亡します。裁判では、佐々木庸平の死そのものは不可抗力としつつも、術後適切な化学療法を用いなかった責任と、患者への説明責任(インフォームド・コンセント)の欠如が問題視されました。

小説が刊行された1960年代は、患者の権利や「インフォームド・コンセント(説明と同意)」の概念がまだ確立されていなかった時代ですが、本作はこれに先駆けて、患者への十分な情報提供と同意の重要性を提起していました。

財前は、「自分なら必ず手術はうまくいく」という傲慢な態度で、手術リスクの説明を怠っていたことが指摘されています。遺族が「手術は成功したって言うたやないですか!」と厳しく問いただした言葉は、「手術が成功しなかったこと」に対してではなく、「手術リスクの説明を怠ったこと」に対する批判と捉えるべきだとされています。

財前が、手術後の問題発生時にも適切に対処できて初めて「うまくいった」と言えるにもかかわらず、手術直後に「成功」と断言したことも、不信感を招いた要因でした。

現代医療の進歩と組織的課題への視点

原作の医学的描写は1965年時点の水準に基づいているため、現代の医療水準と比較すると変化が見られます。

例えば、原作で財前が神業とされた胃の噴門部のがんの診断は、胃造影検査(バリウム)では難しいとされていました。しかし、現在では上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)の普及により、当時ほど診断に苦慮することはなくなっているといえます。内視鏡検査は、噴門部を口側や肛門側からも詳しく観察でき、ごく小さな初期病変を見つけることができる強みがあります。

そのため、2019年版ドラマでは、財前五郎の設定が、原作の「胃がん手術のスペシャリスト」から、「腹腔鏡の名手」で「肝胆膵の若き権威」に変更されました。これは、現代では噴門部胃がんの手術が広く安全に普及しているため、まだ技術が安全に普及しているとは言い難い膵がんの分野のパイオニアとすることで、最新の医療状況に合わせた設定の刷新が図られたものです。

また、現代の医療事故訴訟においては、医師個人の過失だけでなく、医療機関全体の責任を問う視点が重要になっています。医療の安全確保が医療機関に義務づけられていることから、事故防止のために、専門家同士の情報共有や連携を可能とする組織体制が構築されていたかという「組織過失」の概念が、法律的な課題として浮上しています。

この組織過失論は、医療機関への国民の信頼に基礎づけられた考え方です。

まとめ

『白い巨塔』は、大学病院という閉鎖的な空間における権力争い、医局の旧態依然とした体質、そして野心に燃える医師の倫理観の欠如という、昭和の医学界が抱えていた深刻な社会問題を浮き彫りにしました。

そして、患者の自己決定権の尊重や、医師による誠実な説明の必要性といった、現代の医療倫理の核心となるテーマを先取りして描いていた点に、医療ドラマの原点としての大きな意義があるといえるでしょう。

財前と里見、どちらの生き方を選ぶかという問いかけは、私たち自身の価値観を揺さぶる普遍的な問いであり、この作品が時代を超えて読み継がれる理由の一つかもしれません。

映像作品がリメイクされるたびに、その時代の最新医療や社会の課題を取り込みながらも、根底にある「人間の業」は変わらない。私たちはこれからも、この「白い巨塔」が問いかけるテーマから目を離すことはできないでしょう。

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